月別アーカイブ: 2016年3月

遠き春よ。

皆様こんにちは。

今週から正真正銘の春がきます。

やっと待ち望んだ春。

待望の春です。

3月に入ってから寒の戻り寒の戻りと何回言ったことでしょう。

今週から花見が本格的に始まることですしもう寒の戻りはいりませんね。。

というわけで今日は春の風物詩“花見”についてです。

桜が日本の象徴であるように、それに付随するのがお花見です。

言わずもがなお花見は桜の木を見ながらご飯やお酒を楽しむものですが、一体そのお花見、どのくらいの歴史があるのでしょうか。

調べてみると、なんとお花見は日本最古の歌集『万葉集』にも登場しておりました。

万葉集というと、完成したのが8世紀後半になりますので花見が始まったのは今から1100年以上も前ということになります。

やはり大昔から存在するものではっきりとした起源については分からないか・・・と思いきや。

少しおもしろいものを発見。

当時の花見と現在の花見、実は差があったようなのです。

どういう差かというと、万葉集に登場してくる花見とは、遠くの山に咲いている桜の木を眺めながら行われるもので何も桜の木の下で飲み食いをするようなものではありませんでした。

では“桜の木の下”で、お花見をするようになったのはいつからでしょうか。

それは、『鳴くよウグイス平安京』で良く知られる平安京をつくった桓武天皇の息子、嵯峨天皇だと言われております。

その嵯峨天皇が、山に生えている桜の木を御殿に運び、植えさせそこで現在の花見のような方法をとったらしいのです。

・・・・何とも豪快な話ですね。

というわけで、嵯峨天皇が即位した809年ということを考えると、現在の花見スタイルが始まったのはちょうど今から1200年前くらいだということが分かります。

1200年というとこれはもう日本人のDNAに刷り込まれていても仕方がないレベルですね。

ただし、これで終わってはいけません。

嵯峨天皇が始めたとされる“花見”これは列記とした貴族の遊びです。

我々庶民が花見を楽しめるようなものではありませんでした。

だって山に生えている桜の木を自分の家に植え替えしているのですから当たり前ですよね。
(※桜の木がそこら中に生えていると思っては大間違い!これらは全て人の手の施しによるものです。)

なんと、現在のように一般庶民が花見を楽しむようになったのは、そこからさらに800年も後だと言われております。

そのきっかけとなったのが、

『醍醐の花見』

なのです。

醍醐の花見とは、1598年4月20日、かの有名な豊臣秀吉が亡くなる直前に、京都醍醐三宝院の裏の山麓で行った超大規模な宴です。

その招待客はなんと1300人!

秀吉に恩のあった醍醐三宝院の義演准后は秀吉の死期を悟り、彼の最期にふさわしい大舞台を、ということでこの花見大会を催しました。

その5ヶ月後秀吉は亡くなっています。

2人の関係性やらを考えるとこれまたなかなか胸熱なお話なのです。。

というわけで、その大宴会をきっかけに一般庶民にも“お花見”が浸透していったというわけなのです。

やっぱ、太閤様は偉大なお方やでぇ。

周年イベントを終えて。

お花を出して頂いたお客様、そして優れないお天気の中で2日間のイベントに御来店くださったお客様方に心より感謝致します。

スタッフを代表して御礼申し上げます。

2日間のイベントに間に合わなかったお客様方もお待ちしておりますのでお顔を出しに来て頂けたら幸いでございます。

今日の祝日も変わらず営業しています。

明日は春分の日

これは1年前のブログです。

http://minami-ibuki.com/春分の日-2/

僕が無類の太陽好きだというのはもうご存知のことと思います。

明日は春分の日、昼と夜の長さが同じという、季節の中で1つの節目の日であります。

日本人は古来から四季を愉しむということに関しては世界のどの国よりも長けていると僕は思います。

とはいうものの海外ではこういう季節の節目などが祝日になっていることはないのでしょうか?
あったとしたら思い上がりですね笑。

さらに、去年のデータを見てみると悲しい発見をしました。

2015年3月21日の日の出日の入りの時刻は、それぞれ6:01と18:10でした。

はい、一緒じゃありません。

ところが3月17日は6:07と18:07で綺麗に12時間で昼夜が分かれていました。

思い込み、気をつけましょう•••。

あっそうそう、大事なことを忘れておりました。
明日は春分の日、祝日ではありますが、いぶきは普段と変わらず営業しております。

★祝★いぶき1周年イベント!

お陰様でラウンジいぶきは3/13で1周年を迎えることとなります。
これも皆様のお力添えがあってのことであります。
今後ともラウンジいぶきをどうか宜しくお願い致します。

つきましては明日3月18日(金)明後日19日(土)に細やかではありますが周年イベントを開催致します!

皆様、どうぞお立ち寄りのほど宜しくお願い致します★★★

御予約されたお客様には瓶ビール1本をサービスさせて頂きます。

ホワイトデー。

本日3月14日(月)はホワイトデーでございます。

バレンタインデーに対してのホワイトデー、ということで、今日は女の子たちが白を纏い皆様をおもてなしいたします。

そしてどうやら天気も回復傾向にあります。

皆様、是非お待ちしております!

いぶき1歳の誕生日

本日、3月13日去年いぶきがオープンしてちょうど1年が経ちました。

この1年間は本当に目まぐるしい日々と新しい出会いの連続で一気に時間が過ぎ去ったような感覚です。

手帳を見ながら日々を思い返してみると毎日毎日が本当にドラマの連続でした。

全てが昨日のことのように思い返され、感慨深い気持ちになりました。

そしてこのいぶきの歴史を創り上げてくださったのはお客様皆様です。

今日の日を迎えることが出来たこと、心より感謝申し上げます。

今後ともラウンジいぶきをよろしくお願いお申し上げます。

ひなまつり。

3月3日、今日はひなまつりでございます。

ひなまつりはかれこれ1000年の歴史を持ち、かの有名な枕草子にもこの行事のことが書かれているほど。

そんなひなまつり、元々は女の子のためのものではなくて無病息災を願う行事として男女関係なく行われておりました。

その方法とは、人型に作った人形に自分の生年月日や氏名を書いて川に流す、といったもの。

それがいつしか女の子の行事に変わっていったのです。

その理由として、当時の日本の女の子の間では『ひいな遊び』といって紙で作った人形などを用いて遊んでいた(現在の人形遊びの様なもの)そうで、それが長い年月をかけてひなまつりと融合していったのではないかと言われております。

では、ここで気になるのが、端午の節句、こどもの日です。

ひなまつりは女の子、こどもの日は男の子、いい具合に分かれすぎですよね。

ひなまつりは「ひいな遊び」との融合で女の子の日になったのは理解できます。

んじゃこどもの日もきちんとした理由があるのでしょうか?
まさか女の子の為の日があれば男の子の日も作らないと、みたいな理由じゃないんでしょうか。。

違いました。

これまた綺麗な理由がありました。

元々端午の節句、現こどもの日は、災厄を避ける行事が行われる日でありました。

その歴史はなんと奈良時代からとも言われております。

その日は現在でも菖蒲湯(ショウブユ)と知られているように、菖蒲やヨモギを使うことが古来から伝わっています。

時は平安、そして鎌倉時代、とある変化が起こりました。

貴族中心の政治から武士の時代へ突入したときです。

鎌倉時代では端午の節句の行事が衰えをみせてきたのですが、それに代わって、菖蒲を尚武(ショウブ:武道を重んじること)と考えるようになりこの日を大切に扱うようになりました。

その頃に、子供に刀や兜を贈る風習も生まれたのです。

なるほど。

女の子の日と男の子の日、本当に別の理由で誕生したのですね。

と言っていますがこれも1つの説でございます。

もし皆様他の説、由来を知っている方がいらっしゃいましたら教えてくださいませ。