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敬老の日、秋分の日。

明日9月19日(月)と9月22日(木)はともに敬老の日と秋分の日でございます。

祝日として世間はお休みではありますが、いぶきは通常通り営業しております。

雨の日も風の日も台風にだって負けません。

アナーニ事件。

今から713年前の1303年9月7日、フランスにおいてキリスト教界の大事件が起きました。

その大事件とはアナーニ事件です。

アナーニ事件とは、フランス国王フィリップ4世がローマ教皇ボニファティウス8世を捕らえ国王と教皇の関係にハッキリと格付けをした事件であります。

現在の日本においても、過去の日本においても国王や教皇というものがなかったために少しピンとこない方もいらっしゃるかもしれませんので軽くおさらいをしましょう。

国王というのは日本でいう将軍のようなものです。

いわゆる征夷大将軍ということで、軍事的に世間でトップの地位に位置付けられた人をいいます。

そして、教皇。

教皇は、主にキリスト教のトップに位置する人で、日本でいうところの天皇に当たる方であります。(これについては賛否あると思いますので、感覚として捉えてください)

政治的にトップの人間が国王(皇帝)。

宗教上のトップの人間が教皇になるのです。

話を戻しますと、アナーニ事件では政治的にトップのフィリップ4世が、宗教上のトップであるボニファティウス8世をひれ伏させたのであります。

実はこのアナーニ事件のもっともっと前から国王(皇帝)と教皇の間には権力争いが起こっておりました。

国王側は、教皇を任命するのは国王の権利、ということは国王の方が権威があるのだと訴えます。

そうなれば教皇側は反撃します。
国王をキリスト教から破門する、と。

当時のヨーロッパではキリスト教であることが人として当たり前であったために、ローマ教皇から破門されるということはキリスト教を辞める=生きていけない、というほどの大事でありました。

その有名な事件がカノッサの屈辱です。

1077年1月25日、皇帝ハインリヒ4世は雪の降る中、3日間も断食を行い裸足のままで教皇グレゴリウス7世の居るカノッサ城門前でキリスト教の破門を解除してもらうため赦しを乞うのです。

その時は教皇の権威の方が勝っていたのですね。

ただ、アナーニ事件では立場逆転、国王側が権力を確立したのです。

それが1789年フランス革命まで続く、絶対王政という時代がスタートする契機となったのでした。

マリーアントワネットやルイ16世が処刑されたあのフランス革命です。

(とは言いつつそうこうしているうちにもうすぐナポレオンが台頭してくるのですからフランスってば本当に忙しい国です。)

全く違う分野のトップの2人。

どちらもが自分の方が権威があると主張します。

ですが、実際のところは当の本人たちは周りの取り巻きによって祭り上げられた、ただの駒だったのかもしれませんね。

本当に頭のキレる人間は案外裏で動いているものですから。

歴史って大体そんなもんですよ。

私はママにつく!
私はマネージャーにつく!

ちなみに、こんな権力争いはいぶきにはありませんので悪しからず•••。