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空白の1日。

皆様『空白の1日』という事件をご存知ですか?

それはプロ野球ファンのみならず世間一般で広く知れ渡っているのではないでしょうか。

今から38年前の1978年11月21日にそれは起こりました。

この日読売ジャイアンツは野球協定の穴を突いて江川卓氏と内密に入団締結を決行したのです。

どういうことかというと、時は遡り1977年11月、「空白の1日事件」の1年前のドラフト会議により、クラウンライターライオンズ(現西武ライオンズ)が江川氏に対して交渉権を持っておりました。

ところが年が開けてもその交渉も中々捗らず平行線を辿る一方で、結局江川氏は大学を卒業した後にカルフォルニアの大学に野球留学をすることになったのです。

そして来たる1978年11月20日を最後についにライオンズは江川氏との交渉権を失ってしまうのでありました。

この時点で、ライオンズが交渉権を失ったということで明後日に行われるドラフト会議に向け、今度こそ必ず江川を獲得する!と誰もが意気込んでいました。

ところが•••。

当時の野球協定はこうあったのです。

ドラフト会議で交渉権を得た球団がその選手と交渉できるのは、翌年のドラフト会議の前々日までとする”

この前々日という文言に読売ジャイアンツは目をつけたのです。

なぜ当時の野球協定が交渉権の期間をドラフト会議前日ではなくてドラフト会議前々日にしたのかというと、ドラフト会議前日まで交渉を続けた場合には、その交渉地が遠隔地だった場合に、気象の急変などによって球団関係者がドラフト会議に出席できず、ドラフト会議に支障をきたす可能性を危惧したためでした。

読売ジャイアンツはそこを突いたのです。

1978年11月22日に行われるドラフト会議の前々日(1978年11月20日)をもってライオンズの交渉権は失効し、前日(1978年11月21日)はどの球団も江川氏との交渉権を有していない状態だったのです。

そしてこの1日の間に読売ジャイアンツと江川氏との間で入団締結が結ばれるのでした。

もちろんプロ野球関係者は驚愕し、それは無効だ、と訴え読売ジャイアンツが日本プロ野球を脱退するか否かまでの事態まで発展し、小林繁という名投手が世間から注目されるのですが、それはまた今度。

私はよく“現実は小説より奇なり”という表現を用いますが、まさにこの空白の1日事件もとっても面白い(?)出来事であると思います。

では、今日はこの辺で•••。

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11月11日(金)、12日(土)はいぶきの癒し担当マリさんのバースデーイベントでございます!

いつも明るい笑顔で皆に元気を与えてくれるマリさんに、この二日間は逆に笑顔になってもらいましょう(´▽`)

皆様、お待ちしております☆☆☆

感謝感激雨仮装。

ハロウィーンイベントにお越し下さったお客様、誠にありがとうございました。

お足元の悪い中、当店にお立ち寄り下さいまして感謝の限りでございます。

改めてスタッフ一同お礼申し上げます。